エンジニアのひとり言

きれいな資料を作ることは悪ではないし無駄ではない

きれいな資料を作ることは悪ではないし無駄ではない

2021年3月30日、Twitterを眺めているとこんな記事が目に入った。

 

「きれいな資料」で報告する部下を、上司が褒めてはいけない「意外な理由」

1、きれいな報告資料の作成に割かれているリソースを、生産性の上がる仕事に充ててもらいたいから。
2、普段の仕事が忙しければ、報告業務に時間を物理的に割けないと思うから。

引用元:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81698

 

要するに、きれいな資料を作る暇があるなら他に生産性の上がることをやったほうがいいし、

きれいな資料を作ると時間がかかるから、そもそもそれは “リアルタイムの情報じゃなくなる” という内容だった。

 

確かにもっともなことが書いてあるのだが、少し違和感を感じたので

“きれいな資料を作ることは必要だと思っている派” としての私の思うことを書いてみる。

 

きれいな資料とはそもそも何か?

記事を読むと、”きれいな資料” についての定義がどこにも書かれていないので、私と記事作成者が想像する “きれいな資料” は同じものにならない可能性があるが、

これは炎上しちゃうかもなんですけど、綺麗な資料で、話も理路整然と完璧に報告する人って、ああ暇なんだろうなあって、思ってしまっていまう自分がいます。

引用元:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81698?page=4

 

と記事中に記載があるので、”きれいな資料”とはポイントを押さえて論理的にまとめられている資料だと考えることにする。

もちろんデザインが凝っている(フォントとか要素の並びも含む)資料もきれいな資料だと言えるだろうが、

デザインに関しては記事中に触れられていないのでここでは考えないことにする。

 

きれいな資料を作らないと何が起こるか?

きれいじゃない資料とはつまり、”とりあえず今持っている情報をざっくばらんに相手に伝える” ということになる。

しかし残念ながら、きれいじゃない資料だと問題が発生する。

具体的には以下の2つだ。

 

コミュニケーションコストが高くなる

まとまってない情報を相手に伝えるということは、読み手に負担をかけるということに他ならない。

資料とはコミュニケーション手段の一つである。

情報が不十分だったり、論理的じゃない資料を受け取った場合、読み手はどう思うだろうか?

 

よく分からないから、まずは資料の作成者に色々と質問するだろう。

すると作成者は、その質問に答えることになる。

つまりは質問をするというコストと、質問に答えるというコストが双方に発生する

 

一度や二度の質問ならいいが、質問すればするほど論理が破綻していって訳が分からなくなる可能性もあるし、

そもそも情報が足りなくて、もしくは書き方が悪くて読み手が全く違う誤解をしたまま話を進めてしまうかもしれない。

そうなると大きな手戻りが発生してしまうのだ。

 

もし間違った理解をしたまま話が進んでコトが大きくなると、それこそ目も当てられない事態に進展してしまう。

そうなることを防ぐために、読み手が誤解無くすんなり理解できるような “きれいな資料” は必要なのである。

 

大人数の組織だと雑な資料に構う暇がない

雑な資料という言い方は少々乱暴かもしれないが、

数人の組織の場合は雑な資料を出されてもコミュニケーションが取りやすい。

しかし組織が30人、50人、100人といるような大規模組織の場合はどうだろうか。

上司は大勢いる部下の報告にイチイチ構っている暇はない

 

パッと見ただけで頭に入ってくるきれいな資料じゃないと、読んでもらえない可能性は非常に高いのだ。

雑な資料で報告すると、「よく分からん。ちゃんとまとめて報告しろ」と言われるのがオチだ。

指摘してくれればまだいい方で、そのまま見もされず質問もされず放置されてしまう可能性も想像に難くない。

重要な報告が埋もれてしまったり、上司の中で優先順位を下げられてしまうと困るのは雑な資料を作ってしまった自分だろう。

 

つまりは、資料を作る目的というのは

  • 読み手に正しく情報を伝える

ということに他ならない。

この目的を達成できない雑な資料にはそもそも意味がないのだ。

これが、私が冒頭の記事を読んで感じた違和感である。

 

もっとも、デザインに凝る必要は全くない。

最低限の視認性(見やすいフォントや要素の配置など)は確保したうえで、

  • 自分の頭の中で情報を十分に整理し、
  • ポイントを絞り、
  • 論理的に書く

ということである。

リアルタイムの情報をできるだけ早く届けることは確かに重要であるが、読み手に間違って解釈されては本末転倒だ。

ざっくばらんに書いただけの即時性のある情報より、少し時間がかかったとしてもきれいな資料で報告したほうが後々の手戻りは防げるのである。

 

とはいっても資料の作成に2日も3日もかけているようではダメなので、

1~2時間で素早くきれいな資料を作るスキルを身に付けることが何よりも重要である。

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